江戸幕府の末期、新しい時代の波が内外で大きくうねっていた頃。 会津・保科正之公の家臣として家を興し、御用酒倉として名を馳せていた新城家から 新城包格(初代猪之吉)が分家独立、酒造りを始めた。 ときに嘉永三年。 末廣の歴史は日本の夜明けと共にはじまった。

酒づくりは米づくりからと、会津二百軒の農家と契約。 理想の米作りをする為、農協と有機肥料を共同開発した。 また、自家製酵母の開発にも力をいれた。 会津の米と会津の水、会津杜氏と会津にこだわり、酒造りの伝統の技法を頑なに守り ながら、科学的理論と合理的設備を導入して、末廣は今、新しい伝統を築こうとして いる。

日本酒度
酸度
アルコール度
+0
1.7
15.5

明治末期、嘉義金一郎氏(かぎきんいちろう)はそれまで行なわれていた過酷な作業「生もと造り」の山卸し作業を廃止する「山廃造り」を創始しました。

大正初期、末廣では全国にさきがけ、山廃仕込みの考案者、嘉義金一郎氏の指導により、末廣酒造嘉永蔵で山廃造りを始めました 以来、100年に渡り末廣に嘉義式として伝承されたいるのが「伝承 山廃純米」です。

酸味と甘味がバランスよく混ざりあい、酒の旨味が口の中に広がります。


単価 : \ 2,000 (税別)(¥2,100税込)

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